900830

イミグレでちょっとだけ歓迎されるの巻

夏の終わりの夕焼け独特の熱っぽいオレンジ色はガラス張りの大窓を通し、 イミグレーションに長い列を作る私たちの所まで伸びている。 イミグレ、つまりご存知入国審査。パスポートコントロール。 ここでは自国人用、EC圏国人用(当時)そして other passport 用の3つに大別されている。 勿論それぞれに何人もの審査官がいる。 私は当然 other となるのは言うまでもない。 ちなみに other が一番多くの人間が並んでいる。 あまり多くない british passport の列を眺めながら、 早く済むのでいいなぁ、とかぼんやり考える。 同時に自分がここでは“外国人”なんだなぁという当たり前の事実を再確認する。 英国人でもなけりゃ欧州圏でもないっていうより、ああ欧州とそれ以外は別なんだなぁっていうか。 それは単なる事実でそのことをどうこう思うのとは別問題という、あぁそうなんだって実感。

列を作っている間、ふと左端前方のスペースに 小さく仕切られた別室?のようなものがあることに気づく。 加えて中に数人の旅行者らしき姿が。どうやら男性ばかりのよう。 彼らはみな押し黙ったようにうつむき加減で皆あまり楽しそうには見受けられない。 も…もしかしてチェックに何かの事情で引っかかったとでもいうのだろうか? よく解らない。

ようやく番がきた。人数が多いのでやっとという気分。縦に細長い四角錐っぽい机を前に、 金髪の少し年配の婦人が立っている。 噂では審査官によってここの通り抜けの難易にはかなり差があるらしく、 人選?が大事ということだった。 しかしその人選は結局は運でしかなく、我々にしたところで なるべく“優しそう(と思われる)”オバサン2人をそれぞれ選んだというのが実のところだった。 後はその運にかけるしかない。 何故にかのようにくどくどと述べているかといえば、 イギリスってかロンドンのイミグレは非常に手強いという評判しきりだったからだ。 とはいえ、それなりに流れのスムーズっぽい所を選んでいたし、 まっなんだかんだいって楽にクリアできるだろうと何の心配もしていなかった。 自分に突っ込まれるような要素ゼロだと無邪気に信じていたのが実際。

1st round

さぁ、ゴング鳴った。試合開始だ。

一応向かい合うと先人たち?の教え通りにこやかな笑顔で挨拶する。にっこり。 そして型通りの質問がスタート。
「どれぐらいイギリスに滞在するの?」
「1週間くらいです」
「来た目的は?」
「観光です(きっぱり)」
帰国便のバウチャーの提示を求められたか否かはよく覚えていない。 が、されなかったような気がする。されるとばかり思っていたので気抜けしたような記憶もあるからだ。 さて。こちらはこれで“楽勝〜♪”と、すべてが済んだと思った。 いや、普通思う、思った私を責められまい。 が、するとばばーもとい婦人はさも当然の流れのようにそれもにこやかに 聞いてくるではないか。
「その後(イギリスでの1週間の後)はどうするの?」
よ、予想外の攻撃すぎる。あの、話が違うんですが… そんな質問ガイドブックに載ってなかったんですが… シミュレーションしてないよ。 大体なんで貴方にそんなこと教えないといけないんだよ!と心の中で叫びつつも、 表面はあくまでにこやかに答える私。
「フランスへ向かいます(にっこり)」
念押しの為、フランスへ行く必然性にリアリティを加えようと言うたもん勝ちよろしく 「友人が待っているんです(にっこり)」と早くこの場より解放されたい一心で付け加える。 勿論そこに笑顔を付け加えるのは忘れない。 同時期パリに滞在中の友人がいたのは事実なので嘘ではないと…と思うし(弱気)。 ただ、これは後になってから思ったのだが、この台詞は良かれと思ったのが 実は裏目まっしぐらだった気がする……(正解失敗はどちらにしても解らないが)。 英国から出る理由を満たしているようで、その実欧州経由でラインは出来てる誤解を与えかねない…ような。 ただこの時は、だから大丈夫次行くとこ決まってっからイギリスには長居しないから安心してよね、 ってパーフェクトじゃんとか思っていた模様(いつもツメが甘くて定評がある私ですとも、ええ)。

2nd round

この答えに納得してくれたかに思えたのも束の間、次の攻撃質問をたたみかけてくる。 “なっ、なっ、何でー!?”左右の列を見ると、この間にもどんどん顔ぶれは変わってゆく。 というより、私より気持ち先に始まった友はもうすっかり審査をすませてすらいるではないか。 どうやらほぼ同時に開始したにもかかわらず未だ終わらぬこちらに不安げな様子(そりゃそうだ)。 人選を誤ったのか、ワタシ。しかし例えそうだったとしても納得している状態ではない。
「あらそうなの(にっこり)」
(終わった…これで全て終わったのだ、おめでとうワタシ…)
「で、フランスにはどうやって渡るの?教えて」
は、はぁ???
おい!そんなの日本人の自分よりアンタらの方がよっぽどよく知ってるはずじゃないの! 海があるんだから必然的に方法は決まってくるだろうが! そんな解りきったこと何でわざわざ聞くんだよぉぉぉ (勿論海峡を泳いでとか超能力者よろしく瞬間テレポートの可能性がゼロとは言えないにしろ、 普通想定しないと思う理由だが。いや後者の可能性はゼロといっていいか…)。 と思わずもう目で訴える(しか実際もう道は残されていない)。

3rd round

涼しい顔をした審査官は私の答えを待っている。はてさてどうしたもんだか。 「船で」と答えた。が、どうやらそれだけでは駄目なようだ。スタンプ押す気配無し。 遂に自棄になったのと予想外の展開にパニクったので、 ドーヴァー海峡を越えて(に決まってるやんかっ、もうっ)というつもりで、 ‘over dover’と ぶっとびもののセンテンスを口走る始末。合掌。 “超える、どーばーを”ってあんたいくらなんでもそりゃ… と自分で真っ先に突っ込み入れたくなる程酷い台詞だ。 第一、韻踏ませて外国人相手に駄洒落言ってどうするんだ、 だてに関西のお笑い見て育った理由ではない_と言ったところで、 如何せんこの地には吉本新喜劇を知る者はないのであった。 おまけにダメ押しのように、机の上に自分の人差し指を下ろした私は、 それを軽く弧を描くようにして別の場所を指した。 つまりこの2点をイギリス、フランスの海を挟んだそれぞれの境界と見なし、 このコースでもって移動するのよ、ともはや殆ど捨て身の攻撃。

final

さすがに目まいでもしてきたのか、彼女はにこやかな笑顔とともに、 ‘OK’とパスポートにスタンプをポンと押してくれた。 おそらく_こいつが良からぬことを考えているとは思えん…というより無理だろう_とでも 思ったのかもしれない、あまりにアホすぎる、と。

そして
「良い旅を!」(にっこり)
最後にこの言葉とともに微笑んで送り出してくれたのでした。

余談。

友はガイドブックおなじみの想定内質問しかされなかったらしい…。 なかなか解放されないこちらを何が起こっているのか?とハラハラしながら見ていたそうだ(そりゃそうだ)。

ただこの時の自分の風体についてだが、かなり突飛だの汚い格好だの目立つほど貧乏そうだの危なそうだの… といった要素は(客観的に見ても)なかったと思う。 ラフだけどふつーにこざっぱり系だったと思います。 要はたまたま運が悪かった、って事なのかもしれません。 おばさんの“誰でもいいからここらで一人ちょい根掘ってみようかしらん♪”の相手にされただけなのか…。 しかしとはいえ、イミグレでのプチ歓迎はあまり心臓にはよくないので、初イミグレ者にはやめて頂きたいものでした。

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