901003

埃のない街にて - 1990.10.03 -

しばらく行くと、もう周りには誰もいなくなった。 奥へ折れるようなまがりかどになっている。

その壁に沿って右へと折れる。 壁の隙間より駐車場のようになっている?空き地が見える。 『クリスチーネE』 という落書きには思わず苦笑いさせられる。

ここらに来るとあたりはやたら広々としていて、 その広すぎることで不安にかられる程だった。 見渡す限りのそこらは瓦礫?の山と化している。

なにか、とても荒涼とした風景だった。 在るのは私たち2人だけだった。 ありふれたSFに出てくる廃墟の街みたいだ。

壁を縦に切りだして並べてあるのが幾つか目に入る。 あとはもう撤去されるのを待つのみ、という所在なさげな姿。 太陽がそのひとつひとつに影を作っている。

笑ってしまうくらいの青空だ、しかし。

煉瓦塀には、撤去され損なったものかもしれない、 ぐにゃりと押しつぶされかけた鉄条網がいまだ残っていた。

かつて、この棘(いばら)がどのようにその任務を果たしたのか、 私は知らない。

隙間のない煉瓦の街で

目の前にはぎっしりと煉瓦を一分の隙もなく重ねあわせたような 古びたトンネル?のようなものがある。 向うがみえる。

――あちらは、“かつて” の東ベルリン。 何か時間が止まっているかのような佇まいの煉瓦造りの建物。 窓一つなく静かにそこにあるのみ、という風情だ。 死んでんじゃねぇか、とか思うが、もとより建築物に生きるも死ぬもなかろう。

そのトンネル?高架下?の向うは “東” で、 私はいま、歩いて通り抜けることすらできる。 薄暗いトンネルをくぐる (しかしながら、明るく爽やかなトンネルなんてこの世にあるのか、とは思うが)。

景色が一変する。 何時からこの街はその時計を止めてしまったのだろう。 これじゃまるでゴーストタウンじゃないか。 それこそありふれたSFそのままだ。 なぜか人影は殆どなく、生気の無さばかりが目立つ。

雑然としているのにそこにあるはずの埃が見あたらない。 変だなぁ。誰も私たちを追い抜いてゆく者はいない。 誰ともすれ違うこともない。

途中、 “DUCHES THEATRE” ?とかいう劇場では 何か催しでもあるのか人が少し集まっている。開場を待つ人々か。 そこにはさすがに太陽の日ざしが柔らかく降りそそいでいるように見えてホッとする。

その劇場前のベンチに腰かけていた青年は、 如何にも寡黙でいて知性あふるる正統派のドイッチェ型端正さが魅力的であった。 まるで絵画のごとくに。2人の心も少しは和むというものだ。

それも束の間。またひとけが無くなっていった。

何なんだろ、いったい。

ベルリンにロバスミはよく似合う?

やがて電車 (路面電車?) のレールが埋め込まれている道に出る。 少し人も増えてきた。が、みな同じくツーリストばかりのよう。

電車道わきに、仮設通路?のようなものがしばらく続いている。 凄まじい数のポスターの残骸がそこにはある。吹き曝しになっている。 次々と重ねられてゆきその全てが朽ちているさまは ある種芸術的 (アーティスティック) ですらある。

ボロボロの断片が残るなかに辛うじて RON WOOD が見える。 すると。もとは ROLLING STONES もここにいたのだろう。 目玉親爺の顔も見える。思うにレジデンツのものであろうか (鬼太郎の親爺をイメージしてもらったらよいかも)。

'90.4.8. ライプツィヒにて――これは、 THE CURE の告知。 キュアーはドイツでも人気者らしい。妙に納得できる感じがあるのは何故だろう。

が。何故にビリー・アイドルだらけ、なのであろうか。 どうにかしてくれ。 思わず GENERATION X のナンバーが頭を過ぎるのはいいとして (好きだったからね)。 “レベル・イエール” とか “モニー・モニー” の暑苦しさ?まで同時に過ぎりだす。 嫌だ。コレは 嫌だっつ。

しかし。何時からこんな状態になっていたのだろうか。

学生街のにおいがする

ちなみにこの周辺に見つけた名画座風の映画館の表に貼りだされていた上映表。 かっこよすぎ。めちゃ渋いというか、センスよさげ。ただものではなさそう。 ―― カイロの紫のバラ、ハンナとその姉妹、パリ テキサス、ヴェロニカ・フォスの憧れ、 マリア・ブラウンの結婚、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ…などなど。

原色をうまく背景につかったそのスケジュール・ポスターからして、凄いかっこいい。 いささか、ゴダール風?センスとはいえるにしても。 ああそうだ、カラー・パープル、カミーユ・クローデルのカップリングもあったっけ。 ワカル人にはワカル、ニヤリとする――そんなセンスの映画館。

…きっと近くに学生街がある、そうに違いない。

ところで。電車道?を過ぎた辺りだったと記憶しているのだけれど。 道路に面してかなり大きな建物があった。 年季を感じさせる佇まいに加え、何かボロボロと化してさえいた。 まるで廃墟のオブジェのようでもある。ところどころペインティングされてもいる (というと聞こえがいいが。実はカラフルな落書きといった方がいい)。

なにか風通しのよいアナーキーさを感じさせる。 そう、あの手の “におい” いっぱいなのだ。 ひとめみるなり気にいってしまい、ふらふらと近づいていってしまった。 少しなかへ足を踏み入れてみる。がらんとしている。シンとしている。

しかし何なんだろう。 大学関係の建物なのかも…という気もするけれども。謎だ。

どうも私は、 “精神の治外法権区?” に弱いらしい。

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