900920
こういう結果になるとは夢にも思っていなかった。 思えば不思議なことではある__。
例えば。バルセ入りしたばかりの前日。 AMEX への行き帰りか、あの周辺へ出向いた際、 歩道の横に奇妙な建物を見つけた。
一応普通のビルだかアパートメント風なのだが、 何か“匂い”を放っているのに気づく。予感がする。
中へ入ってみる。ひんやりとした空洞のようだ。
もし現代美術のオブジェとしてタイトルでもつけるなら__
『懐かしい記憶の海』 とでも名づけたいと思う。
何の予備知識もなかったが、 初めて見たくせにこれは“ガウディの作だ”と確信した。 後で確認したら事実そうであった。
蒼く暗い深海にいるような気にさせられる。 そして水の中ゆえにものの輪郭が波打つように曖昧になった世界。 何故だか一歩足を踏み入れるとそんなイメージばかりが喚起させられる。 どうしてなのだろう。 もしくは所謂現実からジャンプした状態で眼に映る幻影のようなイメージ といってもいいのかもしれない。
これははっきりいって驚きであったのだが__肌にあわないのだ、正直言って。
何か落ち着かなくてムズムズさせられるのだ。
嘘だろう?!
ガウディの作品巡りはバルセロナを訪れる主要目的のひとつだったし、
自分自身ガウディの世界に (日本で間接的に目にする限り)
好感を持っていたほどなのに。
頭は混乱してくる。 感慨深げに辺りを見まわす友人をよそに 私は何か凄く 【不安と紙一重の安定】 に酔いそうになっていた。 でも、疲れのせいだろう、と自分を納得させることにした………。
__これが前日の話だ。
本日、その Casa Batllo (カサ バトリョ) の前を再び通り 斜め前方にその異形の姿で聳え立つ Casa Mila (カサミラ) へ入りこむ。
さすがに慣れもあったのだろう、前日ほどの嫌悪感は無い。 ただ、同時に中にいると深海奥底にいる感覚は深まるばかり。 もしくは洞穴のなかに近い感覚といってもいい。 なんで自分はこんなことを思ってしまうのだろうか……。
「まるで月の表面にいるみたい。
何かすっごく優しく包まれているような気がする…色にしたら薄いピンク色…」
傍らではガウディ巡りを熱望していた友人がうっとりとした声で話している。
とてもじゃないけど。
私の感想なり、ここより得たイメージなんて言えなくなってしまう。
しかしながら同じモノを見て、 こうも受けるイメージは違うものなのか、と驚き感心はした。 自分はおかしいのだろうか__。 きっとそうなのだろう、という気はする。
だって、
ガウディに魅力を感じるどころか反対に嫌悪感を感じるやつなんて
少数派の極みじゃなかろうか。
自分は凡人の感覚しか持ちあわせていないのかもしれないと思うと
なかなか心寂しいものだったりする。
彼に対しての基礎知識さえ欠落している私なので、 全く自分の感覚のみでいうのであるが、 彼には一種、胎内回帰願望でもあったのだろうか。 なにやら私には海底も洞穴も同じモノに感じられるのだ。
私は混乱したままバルコニーに腰かけて通りを眺めていた。 【ガウディの世界を無条件に肯定できない自分】 と どう折り合いをつければいいか判らないのだ。
私は現物の数々を見ることでより彼の世界に魅力を感じる“はず”だった。 なのに、そう思おうとすればするほどに__ 目の前の景色はマジックミラーでみるようで、 またぐにゃりとした曲線の歪みは一層激しさを増してしまう気すらした。 そのうちにだんだん開き直ってもくる。 どうでもいい気にもなってきてぼんやりと通りをまた眺める。
ここからの眺めは本当に妙な気分にさせられる。 まるで。異なる次元とのつなぎめに自分が位置しているかのようだ。 で、おまけにバルコニーの柵が まるで海中に揺らめく海藻に見えるのだから世話はない。
“出来すぎだよな”
いささか、自嘲的な気分。
現実界 (窓の外の世界)?とよくわからん界 (窓の中)?の接点にいて、 その両方に“在る”自分を確認?できたためか定かではないが Casa Mila では結構落ち着けたのも反面確かだった。
でも、やはり彼の世界に基本的に内在している、 あの“弛んだ時間 (とき) ”のような波状は好きになれないと気づく (全くもって笑えない…)。
内部には、もちろん私たち以外にも多くの人々が訪れてはいるが、 誰ひとり私のような悲喜劇的葛藤でもって悩んでいる人はいないであろう。 羨ましいぞ、ったく。
さて。
またてくてくと今度は Vinces へと向かう。 友人は実物の世界に触れることによって 一層ガウディの世界に魅力をおぼえているようだ、ウキウキしている。 う、羨ましいっっ。ぐっすん。
ガウディもけっこう極端な人らしい (人のことはいえんが)。 Vinces はいきなり直線的なフォルムである。 ちなみに、ここは現在実際に人の所有物のため、通りより眺めるしか出来ない。
――駄目だ、わたしにゃ、四角い渦巻きに見えてくる。
単に気持ちわりぃ〜、誰か救けてくれぇ〜。
ふ〜んだっ、どうせ私が凡人だからですよ〜だっっ!!。
とはいえ、Mila も Batllo も集合住宅かなんかで人が住んでいるらしいが。 それなりに羨ましい、気はする。日和見な奴。