「……それは…正直わからない。確かに “俺が思うお前” は消えるかもしれない。
でも、お前は残るんじゃないか。
俺が知ってるお前がお前の全てじゃないだろ。
“俺の知らないお前” としてそこに存在し続けるのかもしれない…わからないよ。
例えば、“俺の思うお前” と “ユリカちゃんの思うお前” は
単純にイコールで結べるか? きっと違うだろ。それはお前が知ってると思う。
その二つのお前と、 “お前の思うお前” はじゃあどうだ。
確かに、重なる部分は3つとも大きいと思う、殆どが集合と言われる部分だろう。
でも、僅かでも重なり合わない部分はあると思う」
「それでも、功輔。
お前はやっぱり功輔をひきうけてゆかないといけないんだよ。
よく解らないけど、 “お前が思うお前” が消えたとしても、
“こいつはやはり功輔だ” と
みんながその人のなかの引き出しを使って納得させてゆくよ」
俺は全く表情を変えず黙って聞いている。
けれど、心の中では何かが崩壊し始めていた。そこでは泣きわめいていた。
「らしくない功輔になってしまったら…
俺はその “喪われてしまった、功輔らしい功輔” を
“俺の功輔” として覚えていようと思うかもしれないな、でも」
明の言葉がどういう心情からきているのかは解らなかったが
とにかく俺を思ってくれていることは、とてもありがたくて心にしみた。
その言葉はあまりに残酷ではあったが同時に同じくらい優しくもあった。
「どっちにしてもさ。…その時がこないと解らないよ。そんな日来る理由ないしな」
明は、もうややこしい話はこれまでにしようぜ、と笑った。
「ああ。そうだな。悪かった」
と俺も笑った。そして立ち上がって言った。
「おっと。珈琲がもう切れてる。ちょっくらそこまで買いにいってくるわ」
いいよ、いいよ、という明を座らせて、
いつも美味しい珈琲世話になってるからこれぐらいさせてくれよ、
とバイクのキーを握った。
アパートの駐車場で俺は愛車のタンクに少しの間突っ伏した。
心の中には砂時計が浮んでいて、
それはただサラサラと音をたてながら落ちてゆくのだった。
タンクが造る美しい曲線に沿って涙が伝っていった。
この涙からも、俺はまた何処かへ流れ出てゆくのだろうか。
そうして俺は顔を上げ、涙を拭いヘルメットを被った。
そのとき――また俺のなかに “オレ” が流れ込んできた。
(そうかぁ。カトウはその日○○駅前に3時の約束なんだってね)
何が俺なのか、もう俺には理解らない。
きっと全ては俺として意味づけされてるだけなのかもしれない。
答えを出そうなんてことじたいが、無理なのだ。それが理解った。
でも、今はまだ俺は俺だ。それでいい。
――それがどうした、と俺はエンジンをかけた。