暑い。
まるで夏が忘れ物をとりにきたような季節はずれの暑い日だ。
インディアン・サマーと、こんな日を呼ぶんだったか。
俺はユリカの部屋へ行く途中だ。
上手く伝えられるかどうか自信は全くないものの、
彼女に全てを話そうと思っている。今まで俺に起こったこと全てを。
それと、彼女が俺を本当の意味で許してくれるのかどうかは別だろうが。
そして話を聞いた後、俺とこれからも笑っていってくれるのかは理解らない。
でも、その時はそのときだ。ユリカはユリカの思う選択をすればいい。
駅前のスクランブル交差点では相変わらずおびただしい人間が蠢いている。
電車の時間が気になり時計に目をやる。もうすぐ3時か…。
交差点の中央あたりで、声が聞こえた。快活そうな男の大きな声だった。
「おぅ。カトウ」
(カトウ!?だって)
俺はいてもたってもいられず声の方向を探した。
そう遠くない、同じく交差点の上にその声の主はいた。
声をかけられたカトウは、俺どうように何処にでもいるような
ごく普通の青年だった。
「あれれ。僕もこれから駅前へ行くところだったんですよぉ。
サカイさんより早く着いてようと頑張って出てきたのに。直前にバッタリかぁ。
まぁ、出会えてちょうどよかったですね」
(サカイって奴もいるのか…)
俺は、今更新しい名前が出てきてだからなんなのだ…という気分と
本来交差するはずない現実と交差してしまったショックで、ただ混乱していた。
とにもかくにも、と顔をあげると、一人の男と目が合った。
奴は、カトウとサカイを間にして俺の対角線上のやはり交差点上にいた。
俺には理解った。
奴もまた、“カトウ” に反応したのだ。
もしかしたら、“サカイ” の方にだったのかもしれない。
奴も俺を見ている。奴も俺が何者か解っているはずだ。
俺は奴を知らない。
奴も俺を知らない。
でも、いま俺たちは、この蠢く人波のなかで唯一の仲間だった。
奴は、俺に向かって笑いかけた、らしかった。
なぜ “らしかった”、かといえば――
その口元は無理に口角をあげようとした結果かすかに歪み、
目は泣き出さんばかりだったからだ。
今俺はどんな表情をしているのだろうか。
もちろん、俺は知っている。
奴の表情とまったく同じに違いない――。
そのとき、少し離れた所で叫び声がした。
「タ…タカハシって、誰なんだよ!?」
俺と奴とカトウどうよう、何処にでもいそうなありふれた若い男が
蒼ざめきったその顔を隠しもせずに、交差点の中央で空(くう)をにらみ立ちすくむ。
俺は奴の方をもう一度みる。
奴も全く同じように俺を見ていた。
俺たちは、たぶん――また同じ表情で泣き笑いした。
そして、たぶん、二人の口は同時にこうも動いていた。
「ようこそ」
Fine