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chain reaction

Level 3

コンビニには寄らなかった。
一番近い入口から高速へ入った。
ただしばらく走ることだけに意識を集中させた。
何も考えたくなかった。
というより、考えた挙句に浮んでくるのが、アオキだったりすると思うと
もう気が狂いそうだった。

結局、一番最初に着いたSAで晩飯をとることにした。
よほどの顔色だったのだろう。
食堂のオジサンは、心配そうな声で顔が青いよ、大丈夫?と聞いた。
大丈夫です、とだけ俺は答えその心遣いに丁寧に頭を下げた。
感謝しつつも、もしこの親爺さんがヨシムラさんだったりしたら…と思うと
なにか胃がキリキリするような感覚にも襲われるのだった。

正直食欲はなかった。が、無理からに流しこんだ。
食べ物の味が解らなくなる、という話が本当のことと思い知る。
食べながらも、この何処かにアオキや、カトウやヨシムラさんが
いるのではないか?という意識がどうしても拭えず閉口した。
“いるわけないだろ?” という思いはすぐに、
“いないこともないだろ?” にあっさりと移行する。
それだけのことだった。


視線を感じる、ような気がしていた。


打ち消そうとした時、一人の青年が遠慮がちに近づいてきた。
俺の顔はきっと真っ青になってかつ引き攣っていたと思う。
ぴくり、という音が自分から放たれているのを聞いた。

彼はおずおずとした様子で言った。
「あの…あなたさっき一番左端のところへ停めた方ですよね?」
「…ああ…そうだけど…」
どうやらここへ入ってくるのを見ていたらしい。でもいったい…。
俺は理由も解らず、とりあえず聞かれた事だけを手短に答えた。
ただ俺の状況が状況なだけに、かなり警戒する声にはなったろう。
俺はごくりと唾を飲む。その音がひどく大きく聞こえた。

「ア…すいません。
そうですよね、こんな言い方したら危ない奴みたいに思われて当然ですよね」
青年は人の良さそうな顔で心底申し訳なさそうにした。
「いえ、たまたま目に入ったんです。あの真っ赤なドゥカティ、僕大好きなんです。
いつか乗りたいなぁ、って前から思ってて。だから、うわぁ、かっこいいなぁ、ってつい…」

「…そうだったのか…なぁる…」
俺は幾分気抜けして頭を掻いた。安心すると同時になんだか面映くもあった。
彼は彼で、自分が警戒されていた理由の本当のところなど知る由もなく
ただ自分が怪しいものではないと解ってもらえたことで
安堵の表情を見せたようだった。

「やっぱり、いいですか?」
と青年は屈託ない笑顔で聞く。
「んーっ。俺は好き、大好き」
と俺もその笑顔につられる感じで笑顔になって答える。

「やっぱり!そうですよね。僕も頑張って買います。いまバイトしてるんです、そのために」
青年はふと我に帰り、しゃべりすぎて恥ずかしいですというような顔をみせた。
その仕草は彼のいまだ幼い顔立ちもあいまって、なんだか同性ながら可愛いとすら思える。
その笑顔にほどかれた俺は、先とは違うリラックスした調子で言った。
「がんばって下さい。いつかツーリングで出会えたらいいですね。
その時は、声でもかけて下さい」

青年はその言葉に本当に嬉しそうな笑い顔をみせると、
「ありがとうございます、食事の邪魔してすいませんでした」 とペコリと頭を下げた。
そうして立ち去ろうとした彼に、でも俺は思わず口走っていた――


「もし違ったらゴメン。もしかして、アオキ君とかいう名前だったりする…?」

さすがに、カトウ君とかヨシムラ君とか…という言葉は飲み込んだ。
「えっ? いえアオキじゃないです。僕、ナカムラっていいます。じゃあ…」
幾分怪訝そうな表情はしつつも、俺のぶしつけな言葉に気分を害することもなく
青年は相変わらず人の良さそうな顔でニコニコと答えてくれた。
遠退いてゆくその後姿に、がんばれと声援を送ると同時に――
正直、ほっとしていた。

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