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chain reaction

Level 1

暑い。



目を開けているのもやっとというところだった。
おそらく、今年一番の暑さとやらをまた今日は更新するに違いない。


(夕方のニュースじゃ、また今年もそろそろあの映像が使われるんだろうな。
照りつける太陽の光に顔を歪めながらも寡黙に町を行き交うビジネスマン――
もちろん、彼らは体温を超す世界でも長袖のワイシャツを我慢強く身にまとい
ネクタイをも緩めず額に垂らす汗を拭いながら足早に歩いてゆくんだろう。
そして――いつか俺もまた彼らの仲間入りするんだろう)


何時の日かテレビニュースに映し出されるかもしれない自分の姿を想像するのは
あまり楽しいものではなかった。
どの局の映像も、別人を捉えているはずなのに、みんな同じやつにみえる。
俺も、そうなるのか。切り替えられたチャンネルの先の男と同じ顔の群像に。

誰も見ていないのに、俺はひとりかぶりをふりかけた。
またも汗腺から滲み出した一粒の水滴はみるみるその弾力ある粒を大きくすると
頬を呆れるくらいのスピードで伝いきって顎の先で一瞬だけ躊躇するように止まる。
しかしやがて結局は大きな水の玉となって勢いよく落下してゆく。
次々と汗は吹き出てくるので、結局絶え間なく俺の顎は水滴を滴らせつづけている。

気がついて驚いた。
パソコンのキーボードの手前は水浸しの一歩手前だ。

(やべぇ)
何か拭くものをと目をあちこちやってみたが、あいにく適当なものはなかった。
仕方ないので、着ているシャツの袖を引っ張るようにしてゴシゴシと拭いた。


“もうっ。そんな不精なことやったらダメだっていってるでしょ”
形のいい眉を幾分吊り上げた風なユリカの怒ったような声が
どこともなく聞こえてきたような気がした。


るせぇよ、おまえは…と心のなかで仁王立ちするユリカに毒づいた後
ゴメンナ、と続けて謝った。


レポートの為の調べものをしていたものの、効率は最悪といったところだった。
欲しい情報には全然たどり着けない。どれも何かが違う。
結果一覧ページを藁にでもすがる気分で繰ってゆく。
コレは、と色めきたって検索結果をクリックしてみると、
俺が入れた検索語をハンドルとして使ってる人間がそこにいたりもした。
イイカゲンにしろ、とぶつけようのない怒りで頭が真っ白になった。
しかし…なんでこんな単語をよりによってハンドルにつけるのか、と
怒っていたことも忘れ、妙におかしくなって笑ってしまったりもする。
こんな名前つける人間っていったいどんな奴なんだ?と読んでみると
これがなかなかけっこう面白い。
気がつくとそいつ(意外なことに女性だった)のサイトを隅々まで読んでしまった。
ついでに、ブックマークにも入れておくことにしよう。

「休憩だ。休憩」
俺はパソコンの電源を落とす。
結局本日の収穫は、極私的ブックマーク1件追加に終わりそうだ。
明日には、修理に出てるクーラーも無事帰ってくるはず。今しばらくの我慢。
涼しくなれば頭もなんとか動いてくれるだろう。

冷蔵庫から冷えたビールを取り出してきて、次にテレビをつける。
ああそうだ、この間から借りたままになってるビデオをみなくちゃな。
丁度テレビでは夕方のローカルニュースをやっていた。
そこでは、予想通りの映像が流れ、これまた予想通りのコメントがされている。
続く映像はこれも思った通り。
歓声あげて水遊びに興じる幼稚園児たちだったり、
バテ気味のところに氷のかたまりをプレゼントされ喜んでいる
動物園の白熊――といったところだった。

「喜んでるって、白熊に実際聞いてみたのかよ」
と幾分温くなりはじめた缶を片手の俺はテレビにむけてつっこむ。
「…でも、気持ちよさそうだよなぁ、確かに。白熊はいいなぁ。羨ましいよ…。
って、イテテッツ」
こちらは何度目かの、目に汗が入る始末だというのにな。
そのときだった――。


(明日はアオキと例の件を煮詰めなければいけないな…)

「アオキ!? アオキって誰だよっ」


俺は、俺の頭に浮んだ俺のつぶやきと同時に叫んだ。
テレビでは、これまた夏の風物詩ともいえる、カレーのCMが流れていた。

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