「またあんたか…。ダメだといったらダメだと言ってるだろうが」
「そ、 そこを…そこをなんとか」
「ふぅ…。どうしようもないな。
何度頼まれても許す理由にゃいかないんだョ。規則なんだからね」
「知ってます。だけど、一度でいいんです。
決してアヤシイ者じゃありま―」
__バタンッ
いきなり無慈悲にも閉じられた扉に
僕は思わず鼻の頭をぶつけるところだった。
ドンドンドンドンドン
「開けてくださぁーい。すいませぇーん」
拳でその扉を叩きながら諦めきれずに叫んでみた。
が、もう冷たい岩と化しているらしく何の返答もなかった。
ふぅ、とひとつ大きく溜息をついて、僕は恨めしげに扉に背を向けた。
長い廊下をすぎて建物の外に出る頃には
辺りはもううっすらと夕方の気配を見せていた。
バイトを終えぐったりとした身体で部屋に戻ると今度は
描きかけのまま放りっぱなしにしてあるキャンバスが僕を恨みがましく迎えた。
なんとはなしに気が咎める感じになって僕は目を逸らしてしまう。
冷蔵庫から冷えすぎた缶ビールを取り出しベッドの上に腰をおろす。
思えば何時からコイツは冷蔵庫に入っていたんだろう。
それより、今度の日曜天気がよければシーツを干したほうがいいな―
そんなことより__だ。
「どうしたらいいんだろう。何かうまい手はないもんかなぁ」
缶のまわりに雫たらす心地よい冷たさを両手の指先に感じながらゆっくりと天井を見上げた。
__僕にはたった一つの夢がある。
そんなにむつかしいことじゃあない (と自分では思っているんだが…) 。
一度でいい。
真夜中の美術館に行ってみたい。いや、行きたい。
星降る夜空の下、誰もいない、そんな静かな美術館で至福の時を過ごしたい。
そのとききっと時間はとまり、僕は愛してやまない女神(ミューズ)の腕に抱かれると信じてる―
「だのに…」
僕はまたひとつ、今度は幾分大げさに溜息をついて呟いた。
そう、美術館はこの願いを決して叶えてくれないのだ。
今まで何度頼みにいったのか―その数さえ忘れてしまったほどだ。
今日だって、また例によって例の如く……。
「まともに行けばいつも門前払い。
いつだったっけ…隠れて夜になるまで待とうと思ってたら―しっかり見つかって追い出されたし。
だけどまぁ…」
思わず思い出して笑ってしまった。
「あれは確かに。大胆無謀だったけどな」
加えて最近は、もうあまりのしつこさに気味悪がられているみたいで
なんとなく情なくもなってしまう。
「あ〜ぁ。メシでも喰うか…」
ベッドから立ち上がったその時、だった。