「すいませんっ!! まだ入館できますかっ!?」
はぁはぁと肩で息をしながら僕は叫んでいた。
受付の女の子はその気迫に気圧されてしまったのかもしれない。
「ア…あの、も…もうすぐ閉館なんですが…、あの、その、
それまでの少しの間でもよ、よろしければ…、ど、どうぞ…」
とまるで怯えたような声で言った。悪いことをしてしまった。
脅かすつもりなんてなかった。けれど、今は一秒でも惜しい。
僕はお金を払うと、おつりです、と叫ぶ先の女の子に背を向け、
学芸員の静止するよう叫ぶ声にも耳を貸さず走り始めた。
僕の故郷のこの小さな町にある、小さな小さな常設の郷土美術館――。
あの絵は、きっと、きっとまだ、あの場所に飾ってあるはずだ。
僕はあの頃まだ小さくて、だけど毎日のようにここへ通っていた――あの絵に逢う為に。
そう、あの絵が大好きで、眺めているだけでしあわせになることすらできた。
そう、あの絵は一番奥のコーナーの…もうすぐだ、あの角を左に曲がれば……。
――その古びた絵は、昔と同じ場所に、あの頃と同じように今も佇んでいた。
僕はいまや全てを思い出し、全てを了解していた。
この絵は、この町ではちょっと有名な日曜画家の作品ということらしかった。
モデルは彼が愛してやまなかった幼い一人娘と、当時聞いた記憶がある。
その絵の中に生きる彼女は、全てを祝福し全てから祝福されているように
あの頃の僕には感じられたんだ。
描き手のあふれるような想いが何時だって伝わってきた。
まるで天使だった。
幼い僕はその少女に恋していた。
僕は飽きもせず彼女にあいにいった。
学校が休みの日はもちろん、時にはサボって開館から閉館まで一日中入り浸ってもいた。
そして僕は――いつか自分でも絵を描きはじめたんだった。
あの少女を忘れたくなくって、あの時の感激が忘れられなくって。
いつの日か、そんな絵を描いてみたくって――。
全ては、あの幼い日にはじまっていた。
『わたしのダイアナ』 と名づけられた一枚の肖像画から。
どれぐらい経っていたのか…僕はもう腕にはめた時計のことなんか忘れていた。
やがて僕は、ガクンと落ちた両膝を床につけたその姿勢のまま、
言葉もなく、ずっと立ちつくしていた。
いつのまにか、古ぼけた窓からは夕陽がさしこんで
辺りいったいをオレンジ色に染めはじめている。
そして――――
長くのびた僕の影が小刻みに震えはじめた。
Fine