900911

PLEASE, MR.POLICEMAN

パリでのアニエスb 巡りも無事?終了。 次はサンジェルマン・デ・プレ界隈にある Y's やギャルソンのショップを 話の種も兼ねて見に行こうということになっていた。 それに備えて一休み (コレばかりだ、全く) と、 Hotel De Ville 横の“広場”脇にあるベンチに腰を下ろした。 でかくて立派な建物だ。

とりとめもなく話をしていると (コレもいつものことだ)、 青シャツのユニフォーム姿の警官2人が何かこちらを窺っているのに気づいた。 すると、そう遠くもない場所から彼らは私たちの方へ近づいてくるではないか?!

いったい何だ?!

2人は若い男の子といっていい青年と年上の先輩風の女性だった。 男の子風は何か新米っぽく頼りなげなのに較べ 先輩風は男性的逞しささえ感じさせるしっかりもの風。 なんだかバランスが取れてんだか、取れてないのだかよく判らない組合せ。 その Young man ?は イメージがいかにもピエール (根拠はない) といった塩梅なので、 その後私たちは仮の名として彼のことをそう表現するようになる。

2人はベンチの真ん前までやってくるとやおら立ち止まった。 友好的?な様子なのでひとまず安心する。 ピエール(仮) が
“日本人ですか?”(推定)
というようなことを聞いてくる。
“そうだけど…”
と答えたそのひとことが この日の私たちの運命を変えてしまったのだった。

その返答をみるやいきなり “フナジュウ”だか“ウナジュウ”とかペラペラとまくし立て始めた。

パリの 鰻重、鮒重 ?

唖然としている暇もない。 鰻重はともかく鮒重って…そんなものあるわけないしなぁ…?? 第一何でそんなことをわざわざ…??というしごくまっとうな思いにかられる。 理由も何も判らなくなり戸惑う2人。 ピエール(仮) は何か必死で伝えようとしている、らしい。 そのあまりの必死さにこちらもひきこまれてしまい、 一所懸命連想ゲームのように彼が繰り返す一言一句に耳を傾ける。 そう、フナジュウの正体を突き止めるために。 殆どミステリの暗号解読のノリに近い。

やっと。どうやら  “フランス語を自由に話せる人はいますか?” ってなことを言ってるらしいことに気づく。 その日本語のフレーズを試しにこちらが口に出すと 実に嬉しそうに、そうだ、という仕草を見せる。

特筆すべきことは、当初“フナジュウ”と口走っていた (としか思えない) 時、 ある種不思議そうな表情も見せたことだった。 その表情は、自分の発音の何処がおかしいのかな?というものだ。 苛立ちではなく、単に不思議なだけ。 こちらがこういう風に言ってるのでは、と推測した日本語のセンテンスを聞いて、 “そうそう、ボクが言っていたのと同じに聞こえるそれだよ” という風に喜んでいる。 というわけで……信じがたいが、先の言葉は日本語のつもりであるらしかった。

なぜか 日本語のレッスン始まる

答はもちろん?“NO”だ。

誰もが、少なくとも私たちは、これで終わりだと思った。 が、これが実は始まりだった。 日本語を勉強しているらしい彼はやつぎばやに話しかけてくる。

全くひょんなことから、日本語のレッスンをすることになってしまった。 とにかく、その学びへの熱心さは 非常をはるかに通り越しており異常?といえるくらい。 その熱意の凄まじさに押し切られ、 我々は彼にレクチュアする羽目?になったのだった……。

__というより。 よく考えたら誰もウンとも言ってないどころか、 彼が有無を言わさない速さで 勝手に授業?を一人で開始してしまったのが真相な気もする。おいおい。

ピエール(仮) はなにやら折りたたんだ紙を取り出すや、 いちいちと、それを見てはなんか言う。 不思議に思いもし覗きこんでみる。 なんと、それは2枚のレポート用紙だった。

そこにはそれこそ細かい字で ギッシリと仏−日対応の例文、単語が書きこまれていた。 それを名刺よりもまだ幾分小さいサイズに折りたたみ 後生大事に肌身離さずこやつは持ち歩いているらしい。 普通いないぞ、そんなヤツ…。

その虎の巻を見ながら一所懸命 (すぎて笑いを誘ってしまうところが、彼のいいところである)、 知っている限りの日本語を発しては、 私たちにその“具合”を確認する、といった次第。 生きた日本語発音?に触れられるチャンス到来!、 とばかり少しでも多くの例文等をマスターしたい様子 (でも、人選ミスではなかろうか…)。 どうやら ○○△子サンという東京の女の子と友人 【ピエール(仮) said “ユージン”】 らしく、 それをきっかけに日本語を知ったらしい。

ニヤニヤして (オヤジか、じぶんらは)、
“え〜っ?友人って本当かなぁ〜♪”
とか突っ込む私たちに、慌てて“ユ〜ジン”と繰り返すピエール(仮)。 結構 shy boy なのであった。

この情熱を仕事にも燃やしてくれ

ちなみに、ピエール(仮) は英語を“全く”という程解さない。 よって我々の会話の段取りはひどくノロいものと化す。 さすがにそのもどかしさにダレてしまいそうになるところだが、 彼はめげないのだった。 全身で言わんとすることを伝えてくる、 というより訴えてくる程のテンションなのだ。 ダレかけた私たちも、あまりのそのひたむきさにひきこまれてしまうほど。 だから、つい一所懸命“何を言いたいのか”解ってあげようとこちらも必死になる。

もしかして。 これは communication の基本形なのかもしれない、とか思いもするが。 要はいかに相手に対して“理解したい”という心をもてるか、ということですね。

ただですね。 空は明るいものの、時間は刻々を過ぎており、 さすがに夜8時にもなるともうこれ以上続けるわけにもいかないだろ、おい。 何とか我々はもう帰らなくてはいけないのだよ、と訴える 彼がこの我々の日本語(ことば)を理解してくれたかどうかは、 はなはだ疑問であるが。

私たちは帰り支度を始めて、 せっかくだからと記念撮影をして (何故なんだ?自分ら) 別れることにした。 ここでもフランス人にあるまじき?シャイで生真面目なピエール(仮) は ファインダーの中できをつけ!の姿勢を崩さないのであった。 直立不動でニコニコしている。 人は良さそうなのはヒシと伝わってくるんだけど あれで police として出世できるのであろうか。

最初しばらくは、共に話に加わっていた例の先輩?が 英語が出来る為わりにスムーズに進んでいた。 彼女が勤務に戻っていった後も、 何か彼にとっては仕事より日本語のレッスンの方が大事らしく? 完璧に任務を放り出してる始末。 少し離れた所に上役らしき男性がいて、 何となくこちらを見ているようで、気が気ではないのに。 先の先輩も持ち場とこのベンチをしばらくは往復していたものの、 そのうち仕事に専念し始める (当たり前だ)。 姿が消えてしまった…。 が、ピエール(仮) はそんな状況を全く気にしていないかのよう… こちらが心配してやってるのに…。 後でさぞ叱られたのではなかろうか。

レッスンの間も辺りを道行く人々が皆こちらに注目してゆく。 ピエール(仮) は気づいてもいない…。 非常に気恥ずかしいものがある。 ただ、その人達が皆好意的な眼差しで 微笑ましげに通りすぎていったことだけが、救いといえようか。

コミュニケーションについての一考察

ただ、逆の立場になって初めて気がついたことがある。 普段なにげに発している簡単に思える日本語が native でない者にとっては、 とても発音しにくいケースもありうる、ということだった。 そして自分では必死になり “その通り、聞こえるとおり”に発音しているつもりでも、 native speaker には必ずしもそう聞こえないこともあること。

当人はオウムがえしで そのままに言っているつもりでも上手く伝わらないこと (もあること)。 だのに、当人には自分の発したモノと native の発したものが同じに聞こえてしまう矛盾。 その時に相手の方は発された言葉から 適切な言葉を推測するのさえ不可能なケースさえありうる、 そんな不思議なことが同時に起りうる、いや起った。

各言語にはそれぞれ独自固有の発音が存在している。 どうしても (或いは無意識に) 人は 自分が覚(し)っている (それが全てだと思っている) 世界の中にある“音(オン)”を使おうとする。 そのため“ずれ”(似て非なるもの) ができてしまうという限界。 結局、 自分たち (の言語) が持たない“音(オン)”というものが存在するのだ。

で、一番大切なのは。 (相手を) 解らないなら理解ろうと努力する心を持てばよいのだ。 例えどんな?場合でも通じるものはあるのだ、ということなのだろう。 その思いさえあれば、何かでカバーしようとするものだ。 またカバーになるものを必死で探し出そうともするものなのだ、きっとね。

尚、ピエール(仮) クンによると。 Hotel De Ville は“シチョーシャ”(市庁舎か?)であり、 私たちがいた辺りは“ヒロバ”だそうだ。

TOP