900906

憎みきれないロクデナシ?!

ドーヴァー海峡を無事越え、船内で再びバスに乗り込む。

そのバスごとフェリーから下りフランスはカレーに上陸する。 バスは再び陸を走り始めたので、 “ああ、もうフランスか…”ぐらいの感想しか実はない。

しらじらとした空と朝靄のなかバスが止まった。どうやら到着したらしい。 まだ朝の7時にもだいぶんあるといったところ、恐らく6:30前後だろう。 さすがに、このくらいの時間だと空気も気持ちいいというか、冷たいというか。 なにか見事に何もない、ところだ。 Porte de Villette 辺りらしいのだが、我々にはだからどうというイメージのしようもない。 近くに Metro の入口がある。が、フランが無ければ単なる地下道入口。 …両替所なんてどこにもないではないか。

イギリスからのルートの玄関口に当たるのだから、 おまけに?早朝到着といった設定なのだからさぁ、 両替所の一つくらいあってもおかしくはないんではなかろうか… (フランスフランが無ければ身動きとれないのは解りきっているのだから それ相手の商売を思いつくはず、というのは、すると普遍的な発想ではないのか…)。 カフェテリア風の早朝営業の店があり、両替してくれるのではないかと 淡い期待も持ったが、当然世の中そんなに甘くはない。

大沢氏ではないが、そして私たちは途方に暮れ、てしまう。

You can't always get what you want

まさか。本当にここまでなんにもない、とは。さすがに思っていなかった。

迂闊であった。すると、ビジネス・アワーが始まるまで ココで待つしか残された道はない?____それは嫌だぞ。

ふたり、荷物をせたらい眠ったままの無人の街を歩く。 一軒くらい何とかならんか…… しかし、シンと静まりかえった街はそんな期待すら萎えさせる。

そんな哀れなワシ等をよそに、朝の出勤タイムがどうやら始まったらしい。 先のメトロの入口あたり、人の流れが急に多くなる。 一方、我々はというと、ボケッと見つめるしかない。 そうだ、そうだ、そういえば、メトロのチケット売場まで行って 両替を頼んだものの断られたりもしていたのだった。 殆ど絶体絶命。

或る男

さてさて。長い前振りだったが(そうなんですよ、すんませんね)本題はここから。

最初のきっかけが何だったのか忘れてしまったが。 出勤風景を描いていた中の一人のオヤジが何となくこちらを見ている。 彼は二人を手招きする。
なんと奇遇な、あれはジャンではないか!…
ってな話はありえるわけがない。 何だろう…?と訝しく思いながらも、ひとまずそちらへと足を向ける二人であった。 どのみち身動きとれぬ身、話ぐらい聞いてもどうってこともなかろう。

さて。 どうやら英語が出きるらしい。 どういう経緯だかさっぱり忘れたが、ついてこい、という。 はぁ?お金無いから乗れないんですけど…とふたり。 かまわんから一緒にきなさい、と乗り場へずんずんと進んで行くオヤジ。

果たして。 これはラッキーなのか? それともウラに何かあるのか? どちらとも言い切れる確証も無かった。 でも、無一文と告げた上でのそのセリフではある。 何かあっても押し切ってやれとも思った(つか、そうするしかないんだが、また)。 何より、この陸の孤島?から移動できるのは魅力だった。抗えないほどの。 そんな悪人でもなさそうな気もするし…と取りあえず従うことにする(オイオイ…)。

Not our business , but yours

オヤジは我々にカルネを一枚ずつくれた。 早朝にも関わらずメトロ車内は結構の混雑ぶり。ラッシュアワーは何処も同じか。 その乗り込んだ車内で改めて、本当にフランは全く持っていないのか?ときた。

…やっぱりそうか。そうだったのか、オヤジ。 きた、きた、きたな。話がうま過ぎると思った。 ここは強気で行くしかない、と二人とも合点承知。
“だから、さっきから言ってるではないですか、一銭(というももヘンだな)も無い、って”
いや、単に事実にすぎないんだが、嘘偽り一つ無い。胸張って断言する私たち。 じゃ、他国通貨はどうだ?持ってないのか?ときたもんだ。

いや、実はですね。 内心、何処かで事情はどうあれタダというのは悪いかも…という気持ちはあったりもして。 で、妙な良心の呵責もあって、正直に言っちゃったりもする理由です、
“ポンドなら無いこともないかもしれない”
勿論、そこにはそう言いつつちゃんとした計算もあってなんですがね。

あまりよく憶えていないんだが、 オヤジはこのカルネはいくらで買ったのでどうのこうのとかも言ってた気もするんだが (こっちも高かろうが安かろうが最初から金払えねぇって言ってるだろうが だからどうなんだなんで、悪いが右から左に聞き流しまくっていた)。 上のセリフを聞くや否や復活したらしい。 じゃ、£でいいから払ってくれないかなぁ〜とおもむろに言い出す。 やはりそういう?手だったんだなぁ…とふたりは互いの目で会話する。 所謂、アイ・コンタクト。(カ)モダーン・サッカーの基本ですね、って何のこっちゃ。

実を言うと。私は20£ちょっと持っていた。20£分の紙幣と確かコインはほんの僅かの筈。 どうせもう両替も不可能な金額のコインで使い道もなく邪魔だなぁ、とか思っていた。 例えるなら、1円が圧倒的にじゃらじゃら5円がじゃら10円も探せばあったかも…といった風 (勿論お金である以上額に関わらず大切なのは理解しています。誤解なきよう願いたい)。

悲喜交々

どんな悪いヤツ?にしても、ひとまずこちらが助かったのは確かだし。 その御礼はしてもいいかもしれない、という。 それにもう、深入りはしたくもなかった。 私は財布の中から、これが全部だよ、とその全てを出してみせた。 上にも書いたように、確か小銭何枚かレベルで合せても1£はないはず。 手のひらのそれは、改めて数えてみるとやはり60-70pぐらいであった。 それこそ1p硬貨もじゃらじゃら状態だったと思う。

オヤジは明らかにショックを受けたらしい (が、こちらが嘘をついていないと知らされて突っ込みたくても出来ない)。 本当に本当にこれだけ?と尋ねてくる。 こちらは強気で、それが全てと満面の笑みで言い切る。 (20£分紙幣は元々セキュリティを考えて別所に仕舞っていたし、 もとより渡すにしても端数のコインしか想定はしていなかったですが。 もし紙幣しか持っていなかったら、当然他国通貨も全く持っていないと答えていた)。

オヤジは見た目にもガックリとした様子で言葉もなくしていた。 かもる?つもりがかもられたようなものともいえた。 結果的に、こちらの方が一枚上手?になってしまったらしかった。 パリでトータル100円程度の硬貨の寄せ集めを手に入れたところで 果たしてなんに使うのか…オヤジよ。 何処も両替などしてはくれないだろうし、 だからといって使用するためイギリスへ渡るのは主客転倒のお笑いだろう。

オヤジはふたりのあまりに堂々とした態度を見るや もう諦めざるをえないと思ったのか。それ以上はもう何も言わなかった。 そして、自分はどこそこの駅で降りねばならないので、その先は 君たちだけで行きなさい、とも言った。

予想を裏切るどんでんがえし

沈黙がしばし続いた(それもかなり気まずい風)。 そして、オヤジの駅がきたようだ。人かたまりの向こう側でドアが開く。 が、さっさと無言で降りてゆくかと思いきや、なんと! オヤジは口を開いた。

君たちの降りる Austerlitz 駅はあと何駅目かだよ、 だからそこでちゃんと降りるんだよ。

もう開かないと思われた口から出てきたのは、親切に教えてくれる言葉だった。 唖然とする我々。さすがにビックリせずにはいられない。

?!状態の二人を残しメトロを降りた彼は (閉じた扉の向こう側からもまだ、ジェスチャであと何駅と示していた記憶がある) すぐにはそこを立ち去らず、ホームから二人を笑顔で見送ってくれさえした。

それが。彼と逢った最初で最後の出来事だった。 狐につままれたような気分のままの我々などお構いなしに メトロは再び走り始める。

コインのうらおもて

“悪人”では、やはりなかったのだろう。 確かに、全くの善意より生まれた行動でないのも疑いないが。 何の事情も判らないとんちんかんな旅行者相手に一計(詐欺?)を案じた上での 親切だったのだろう。そう推測する方が話の辻褄があう。

しかしながら。それでもやはり根っから悪いヤツじゃないとも思ってしまうのだ。 もし、本当に“怖い人”だったならば。言葉も不自由な土地にも不慣れな二人組相手に なんなと手段はあったはずじゃないか。 第一、始めについ口をすべらせてしまい内心ヤバイと思っていたことがあった。 現金は無いが(フランの)チェックは持っていると口走っていたんですね。 ここらこっちも相当のんきで馬鹿正直なんですが。 そこを攻められたら面倒だなぁ、とやりとりしながらも正直冷や汗ものだった。 ならば、とそれこそ銀行に我々を無理からに引っ張ってゆくことも不可能ではあるまいし。 これは最悪の場合であり、マジに怖い、危ないヤツの証になっちゃいますが… でもって、そりゃそんな目にあうのはまっぴらごめんな理由で。

なのに、ひとがいいのか単にニブいのか?チェックのことは頭を過りもしなかったらしい。 それにいくら公衆の面前とはいえ(言い換えるなら、それが二人が安心して強気で いられた一因でもあるにしても―いくらパリの人間が周囲に無関心であるにしろ―) 脅しモードに一切入らなかったのも印象的だった。

枚数だけやたら多いが僅かなコインで諦めてしまう小心さと 最後に、“もうコイツらには用は無い”となるのではなく 無事目的地に着けるよう気配りすらしてしまう人の善さ。 それも彼なんだろう、きっと。

どちらにしても。確かなことは。 1フランも遣わずにパリ入りに成功し(てしまっ)たと言うことだった。

Austerlitz 駅の手前で、いつか地上を走っていたメトロは高架鉄橋を渡る。 なんだか不思議なシチュエイションで 映画の中に紛れ込んでしまうような錯覚にかられる。 同時に、ああパリにきたのだ、と妙に実感する。

ユーロトンネルが開通した今となっては、 これも古きよき時代の笑い話になるのであろう。

【教訓】
最初からちゃんとガイドブックの指示に従い船内で両替しておこう

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