900917

気になるふたり

何時頃だったんだろう。 空は今だ青く明るいがなにせここはヨーロッパだ。 たぶん、日本では日が暮れと呼ばれるような時間帯だったに違いない。

のしのしと一人のゾルバ系親父がスロープを波打ち頭の方に向けて歩いてゆく。 いえ、単に某中村主水扮する“我が名はゾルバ”風な御仁だっただけなんすが。 彼は我々の少し前辺りをその場所と定めたのかゆっくりと腰をおろす。 まるでどぶの水の色に染め抜いたようなよれよれの上着に皺の入ったズボン。 素足にゴムサンダルをひっかけている。 ズボンの裾からのぞく足先は感動的なまでに汚なかった。 幾重にもひび割れ黒ずみはもう皮膚の細胞にまで浸透しているかのようだ。 彼の踵は物言わないが静かに語っていた。

茶色のハンチング帽を粋に被りゆっくりと腰を下ろした彼は、 伸ばした左手で自身の背中を支えるようにして身体を半身反らすと悠然とくつろぎ始めた。 達人の面持ちすら感じられるその背中の反り加減といえた。 まるでスクリーンをべろりとめくり映像の中から抜け出してきたみたいだと思った。 彼は持参の袋から色とりどりの果実などを、その身体の支え手である左腕をついた脇に並べ置く。 そしてゆっくりと食べ始める。 たぶん一日の仕事を終え食事をしてくつろぐゾルバ親父(推定)。

一方、我々の少し左後ろぐらいのところでは若い親子連れがやはりくつろいでいた。 そう、この穏やかに波が打ちつけるスロープでは誰もがくつろいでいた。 まだひとつ?くらいの坊やはその時分の子どもがそうであるように一時もじっとしていられない。 ハラハラする両親を尻目に興味の趣くままよちよちと 今にも倒れかねない覚束ない足取りで歩き回る。 その姿はまるで小さな愛すべき王様のようだ。いかん、可愛すぎる。 子供嫌いの自分ですらそう思うくらいだから相当のものだった。

上下お揃いの赤×白のボーダールック。殆ど袖なしの刳りからは 丸々とした柔らかそうな両の腕が伸びている。半ズボンも可愛いったらありゃしない。 ごくごくシンプルな赤ちゃん用の被り帽が、ちょいでかい頭をすっぽりと覆っている。 西洋人の赤ん坊ってほんと、ミルク飲み人形というか宗教画の天使に見える時がある。

ふたりのため 世界はあるの

ベイビーはゾルバ親父がお気に入り。 よちよちよちよちと一心に親父目がけて歩き出す、時にふらりとなりもする。 そういう時は傍で見ているこちらまで“うわわ、あぶない”とドキリとする。 親は近づこうとする我が息子に気がつくと、焦ってその度連れ戻す。 が、それで諦めるようなベイビーではない。 とにかく親父をえらく好いているようだった。 両親が目を離したその隙を狙って、またよちよちと大きな頭で動き出す。

やがてマシュマロのようなほっぺたしたベイビーは、 遂にゾルバ系親父まで後少しのところまで辿り着き、そこに腰を下ろした。 そして親父をじっと見つめ始めた。もう二人の世界。そばから離れない。 一方親父は先ほどから食事の手を休め静かに海を見ている。 たぶん彼は赤ん坊のことに気がついていたのだと思う。 ただその上で好きにさせていた、そんな感じがした。

夕方の波打ち際の二人はいい雰囲気でずっと見ていたい、そんな風だった。 けれども無情にも?おつきの二人がこの小さな王様を又慌てて連れ去ってしまった。

TOP