900917

テージョという名の“海”にて

リスボンでイワシを食すという旅の大きな目的も無事達成した我々。 コメルシオ広場の前方にひろがる波打ち際まで歩きつくと、そこで一休みすることに。 ここはゆるやかな下りスロープとなっていて、それが直接“海”へと続くアプローチとなっている。 要は、広島の安芸の宮島、厳島神社を思い出してもらえたら良いかと。

ゆらゆら打つ波のなかに2本の石柱が門のように佇んでいる。 今は波で隠れてはいるが、おそらくあの辺りまでスロープが続いているに違いない。 干潮ともなれば、入り口である出口がその姿をあらわにするのだろう。

まわりを見やると、ちらほらと幾人かが我々同様このスロープに腰を下ろしている。 それぞれがそれぞれの形で思い思いに時を過ごしている。 スロープの両脇には岸に沿い石の防壁が何処まで続くのか左右にずっと続いている。 それはちょうど大人の腰ぐらいまでくる高さで、その“海”と陸との境界によりかかり “海”をやはり眺めている人々もまたいる。

なんだか驚くほど気持ちよく優しい風が吹いている。 後ろを振り返ると、広場には何かのモニュメントがあり、 その更に後方にはやたら立派な門がどっしりと存在している。 どうやら政府関係機関が入っているようだ、門というか門型兼凹(の逆さ)型の建物というか。 その門をくぐった向こうはバイシャ地区からロッシオ広場というなじみある界隈が続くのだ。 バイシャ地区と駅や昼食をとった食堂のある地域の間にある小高い丘陵がアルファマ旧市街。

目の前にあるのは“海”だけだ。“海”と空。それだけが今の自分にとっての現実。 ゆるやかで淡い色の波がそこらのスロープを隠しては現し隠しては現している。 しかし何て淡いブルーの水色なのか。ここでは“海”までも強烈な自己主張をしないらしい。

“海”の上を、船の上を、そして我々の頭上すぐのところを 数え切れないカモメが飛びかう。 こんな間近でカモメを見るなんて、そういえば初めてだ、 わたしの真上を過ぐその姿を見上げながら思う。 例の2本の門柱の球状になっている先端にそれぞれ1羽ずつ留まっていたりするカモメさんたちは なかなかお茶目。 かと思うと、何処ともなく飛んできたイジメっ子?が その石柱のうちの1羽を追いやりちゃっかり自分の場所にしてしまったりもする。 カモメ界もなかなか大変らしい。

綺羅とまぎれて

寄せては返し寄せては返す波が陽光を受け綺羅と紛れてゆく。 こんなに強い陽射しのもとですらひんやりと心地よい風。そうリスボンは湿度が低い。 すぐ脇にあるフェリー乗り場では先から何度も白い船がたくさんの人を乗せては降ろすを繰り返し 向こうへと波を静かに切り裂いてゆく。その船の上にもカモメが舞う。

カモメが鳴いている。 見るとスロープがだいぶん先まであらわになっている。 2本の柱付近も、もう薄い水のベールで覆われている程度でその姿は透けて見えている。 どうやら汐の引き時らしい。 腰を上げて立ち上がり、近づいてみる。 スロープはまだしっとりと濡れたままで幾分ぬめりをそこに留めている。

ふと頭の中にコクトォの一節が去来する。

私の耳は 貝の殻
海の響きを 懐かしむ

しかし次の瞬間、我ながらよく覚えてんな、と感心する。

青い空。高く輝く太陽。涼やかな風。優しい波。 波は陽の光を存分に受けキラキラと輝きを放つ。 そして幾重に重なりあうように飛びかう鴎。 それが結合する化学式が導くものは、ただただ豊饒なひととき、らしかった。 ただ“海”を見ている、もうどれだけの時間が過ぎたのだろう。 おそらく数時間はここでこうしているはずだ。 なのにまったく飽きないのはどうしてなんだろう、単にヒマ人なのは否定しないが。

名残おしいがそろそろバイシャ地区の方へ。 が友がワインがまだ体内から消えきってなかったこともあり、 スロープに戻りいまひとたびのひと休みとする。 門をくぐりバイシャ地区のカフェでミネラルウォーターの小瓶を買う。 よく冷えたのを、と念押しする。 彼女にその小瓶を渡し、スロープにまた腰を下ろす。 不思議だ、と思う。 まるで“海”を離れていた一時が存在していなかった如く、 すぐにその世界へと私は帰りつけている。

遠い空の下で僕は、もとい私は

ただ続く水面を眺める頭の中をめぐるのはHEAT WAVEの“ツアーの唄”。 どうもそれもエンドレスで鳴り続けていたらしい。 考えたらツアーではこんな、今当たり前のように過ごしている時間なんて不可能だわな。 一日を“海”を見ることだけに費やす。なんて贅沢な、いやなんてヒマじ(略。 というか、あのツアーとそのツアーはぜんぜん意味が違うだろ、という。 まぁ、あの唄には海も太陽も出てくるからええやんけ、と妙に投げやりなオノレ。

海に縁遠い土地に生まれた(それも盆地だ、夏は暑く冬は寒い、ある意味最強)人間には、 いま自分がいるシチュエーションは現実のような夢のようなけじめのなさの中にあった。 おまけに四方を海に囲まれている日本からですら見ること叶わぬ大西洋で。

なんてこったい。リスボンに来てよかった、と心から思った。 なんて言うことがコロコロ変わる奴なんだ、とも心から思った。 私がリスボンに来た理由は、ここでこんな風にくつろぐ為だったのだと解った。 何でも都合よく解釈する奴すぎる、と突っ込もうと思っているあなた。 本当、あなたの言うとおりだとこの私ですら思うので安心して下さい。

みな人はそれぞれに様々な思いを抱えて(もしくは単に日課として)ここにやってくる。 友がガムを踏んずけたらしく、ローファーの底についたそれをびょぉぉぉんと伸ばしている。 その姿を、おぉ写真に撮らねば、と使命感に燃える自分がいる。

我々がリスボンに来た本当の理由は、その為だったのだろう、きっと。

【追記】

お気づきの方が殆どだと思いますが、ここは海ではありません。

テージョ河というリスボンを流れる有名な川です。 ただこの時を含めリスボン滞在中、自分は海だと信じて疑っていませんでした。 それも大西洋だとばかり(笑)。 上にも書いているように、今まで地図上の名前としてしか知らなかった大西洋を 我が目で今見ているのだとかなり感慨にふけっていたものです(←おおばか)。 告白するなら今回アップする為に当時のノートや資料を見返したのですが、 そこで資料の地図を改めて細部まで眺めて“あれ?”と気づくまで 信じこんできました(←おおばかの二乗)。

ただリスボンに行かれたことがある方なら解っていただけるかと思うのですが。 ふつーに日本から訪れた人間が何の先入観もなく目にした場合、 海と勘違いしても不思議じゃない世界なのです、テージョ河は。 対岸ははるか彼方で(実際私にはその時見えなかった)見えるのは水平線と空だけなのです。 おのれの前右左の三方には水面しか存在していないのが実感で。 フェリーが行き来し波は岸に寄せては返す、その上には数多くの鳥が舞う― 日本で生きてきた私には、そんな存在を即頭の中で川とイコールで結びつけるのは無理でした。 過去、海という形でしか、この目では見たことがなかったので。

外国ではこういう大河というのはよくあることで、 海との心情的区分けもスムーズにできてるのかもしれませんが…。 例えばテレビでしか見たことないけれど、アマゾン河とかもデカイっすね。 ただアマゾン河とかも俯瞰で見るからすげぇー大きい(でも)河川と納得してるけれど、 実際岸に立った視線で対岸を見たら印象は全然変わるのかもしれない、そんな気はします。

この時海としか思わなかった自分にとって、実は今もここはやはり海なのです。 川という正体を知った今も、その上で海と口走ってしまう自分が確かにいるのです、不思議ですが。

この波の先は遠い遠い何処かにつながっている、そんな妙な郷愁を誘う佇まいだからなのか。 ただこのコメルシオ広場からまだ西に続く河口付近でテージョは大西洋と実際出会います。 そしてこの広場はかつて多くの船が旅立って行った場所でもあるそうです。 日本へ向けて旅立った者たちもするとここから船を出し海へと漕ぎ出していったのかもしれません。 そんな風に思うと、テージョ河が海に思えてもおかしくない気がします。

以上の理由で、他のリスボン編ではテージョであり川であるという記述に訂正しましたが、 ここでは“海”とカッコづけ記述する事で敢えて勘違いのままその時の心情のままにしています。 ていうか、川に直すとこの項は意味が無くなる理由で。

最後に一言だけ。
「絶対自分ら以外にもここを海だと思った人間いるはずだーー!!」

petty cashbook
ミネラルウォータ(小瓶) 60esc バイシャ地区のカフェ

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