901003

印画紙のなかの彼と彼女 - 1990.10.03 -

チェックポイント・チャーリー跡に “壁博物館” というものがあると聞いていた。

私の強い希望もあってそこへ向かうことになった。 “壁” の造られた当時の様子を伝える写真やフィルムを見ることができる所だそうだ。 また、脱出成功者達がとった方法の数々も詳しく展示されているらしい。 つまり、“現場感覚重視?” 博物館らしい。 同時にグローバルな意味での “人権” “自由” 闘争をも視点にいれているらしい、 のも気をひいたので。

再び、門をくぐり人で溢れかえるウンターデン・リンデンへ戻る。 そうして、右横に在るビルからの路地になにげに入ろうとした。 が、警官がいっぱいでどうやら通行止めになっている。理由はわからない。 “何か” 気になりつつも次の路地までまたウンターデンリンデンを歩く。 さぁ、この路地を入ろう――と 右手のビル横から入りしばらく歩くとまた登場する警官。 が、ここは一応通ることは可能ではあった。

そういえば。警官の集団を見るのは今日、これが初めてだ。 何のための動員なんだろう。 単なる会場整理、及び管理という特筆するほどのこともない、 のどかな形だけの警備なのだろうか。 それとも、誰かに、プレッシャーをかけるための張子?なのだろうか。

ある想いがまた燻りはじめる。 実はずっと胸の措くから消えなかったものだ。

わたしはなにもしらない

つまり。

この日を、10.3. を 全てのドイツ人が同じく喜んでいるわけではない、のかもしれない――ということだ。 当然、“アンチ” の者達もまたいるはずであろう。 が、それは “アンチ” といってもそれほど単純なものではないはずで。 単に “統一” 反対というわけではなくて…上手くいえないのだけれど… 既成の政治体制に対しての…といったらよいのだろうか。 統一は (文句一つ無く全面的に) 嬉しい。それを待ち望んでいたのだから。 が、主導者たちのやり方であり、結果もたらされたものに対しては 諸手を挙げて賛成はできない、というか…期待ゆえの失望、アンビバレンツな辛さ。

さて。そのまま進むとまた辺りはどんどん静かになってゆく。 とにもかくにも、この極端さがあまりに凄すぎる、と思う。 私たちは目指す場所を見失い辺りをさ迷い始めていた (← 得意技)。

そんななかで、偶然、凄い大人数のデモ?に出くわすことになる。 といっても、殆どの者は日本でもありがちだけど、 単にくっついてゾロゾロ歩いているだけ風にも見えたけど。

ただ、目立つのが若者 (といわれる世代) の姿だった。 それも、ちょっとオシャレだったり、個性的であったりするような者が多い。 私は彼らから目が離せない。 “この手の人種” を本日のお祭りを通して殆ど見ていなかったからだと思う。 私は人の波のなかで、実はずっと彼らを探していた。 群集のなかに殆ど見出せないことの意味と、 彼らのいる場所のことをずっと考えつづけていたからだ。

それだけに。熱が入っているのかいないのか、 トータルからするとどちらとも言いがたい彼らではあるものの、気がひかれたのだ。 もちろん?集団の先頭さんは気合十分という感じでしたが。

何故? 彼らは何のために? ドイツ語の解らぬ私にはその主張のひとつも理解できない。 もの凄く歯痒かった一瞬だったかもしれない。

同時に、先の通行止め (推測) はこのデモのためだったのかもしれない…? と何となくではあるものの納得できた。 が、本当のところは理解らないので確かな言い切りはできない。 ただ、若く垢抜けた彼らのデモの理由を知りたいと思った。

迷路をすぎて

何故に、かくも目的の場所が見つからぬのかといささか疲れていた。 もう、はっきりいって、諦めかけて (それでも) 歩いていた。

“あれっ?” と思う。
何か街のムードが変ってきた。 何処か街の中に “隙間” があるこの空気は、 俗に言う若モンの多い界隈の印。

いきなり道のまんなかにオブジェが現れたりもして驚かされもする (そういえば、ここら舗装されてない砂利道だった気もする)。 ドイツ国旗で作った “ひとがた” が吊り下げられてブラブラしている、 そんないささか口の端を歪ませて笑うセンスの作品。

この (あえて?) 表情さえ与えられていない “ひとがた” は 何処か皮肉めいて、かつ哀しいものがあった。 …といっても、こっちが勝手にそう思っただけの話で。 作者は “ハッピー!” の表現だったかもしれぬ。

この周辺を過ぎるとまた妙ににぎやかな一画へとでる (ここらへん、何処をどう歩いていたのか地図をみてもサッパリだったりするんですが)。
なんと。
こここそ、チェックポイント・チャーリー跡であった。

“ヘぇ…” と思うものの。
そこから何を読み取るべきか見えない。私にはなにもわからない。 ある意味で、今日これまであまり見かけなかった ラフなノリの若いモンの姿が一気に増え始める。 それまで目にしていなかったゆえに、その印象は強烈なものになる。 ある意味、私が気にかけていた “かれら” 。 “何処でこの日を迎えているのだろう” と思わせた “かれら”。

出店を出しているものもいる。単にたむろしているものもいる。 どちらにしても、その種の人口密度が急上昇する。

きづくと、チャーリーを背にして通りの右側にはまだ壁が残っている。 カラフルな壁だった。 そして、その壁に沿って出店がたくさん並んでいる。 DDR の軍用品を並べているやつも目立つ。

あるTシャツ屋の宣伝コピーはこうだ。
“もしきみが 共産主義は screw up したと思っているなら、この店に行け!”
――屋号は、 T-shirts for Revolution だとさ。

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