万華鏡を拾った
覗いたところで 目が醒めた
仕方がないので
壊れないよう そっとポケットに沈めた
ポケットは膨らんだりはしない
だって 夢の中で拾ったものだから
いつものように 町へ出てみれば
いつものような町が そこに
いつものように 佇んでいる
かってしったる町だから
目を瞑ったままででも 大丈夫な 歩きなれたこの町
角の花屋がこの頃は
トルコキキョウであふれかえっていることも
だからもちろん しっている
目を瞑っても 歩けるほどの町だから
ふと 戯れに 目を開いて 歩いてみれば
そこにあるのは 見たこともない 知らない何処か
トルコキキョウが香を放つ はずの花屋はもちろん
昼寝に最適な あの 公園のオレンジ色のベンチも
名前を聞いたことすらない 町の名士とやらの
ちょっとくだらないブロンズすら 何処にもない
本当は 好きな廃墟だったはずの何処かで
わたしは 立ち尽くす 途方に暮れながら
妙な男が ひとり 見知らぬベンチに腰かけている
あそこは 確か本当は花屋だったはずなのだ
見慣れたはずの 見知らぬ町を さまよい歩く
花屋だったはずの角に 戻ってみれば
あたりはもう 夕暮れている 知らない何処かにも関わらず
男はまだ 腰かけたままだ 驚いたことに
途惑うわたしの顔を眺めながら 男は静かに万華鏡を差し出す
何故だろう 可笑しなくらい 穏やかに会釈しながら
落し物ですよ――
わたしが慌ててポケットに手を突っ込んでみれば
なんということだろう
無くなっている 夢で拾った万華鏡が
ちょっと覗かせてもらいましたよ――
そういいながらも男は
何が見えましたか と問うわたしの声は聞こえないふりをする
わたしは ずっと ここにいるのです――
朝も昼も夜も ここに こうしているのです――
それでは何時眠るのですか とわたしが問えば
ほんの一時こちらを振り返るのだが また静かに前をむく
わたしは 眠らないのです――
眠ることを やめたのです――
眠ったまま もう二度と 目醒めぬことを わたしは願うのに――
やはり 次の朝には必ず 目醒めてしまうことが 辛いのです――
ならば 眠らなければ よいのだと 気がついたのです――
そうすれば 目醒めて 未だ終われぬ事を悲しむこともない――
わたしは 何時から眠っていないのか もう忘れてしまいました――
あなたは もう わたしに遭うことはないでしょう――
けれども わたしは ずっとここに こうしているでしょう――
何が見えたのか 気になるならば
ご自分で 覗いてごらんなさい 男はわたしに向きなおす
男の目が 何故だかとても優しいことに 気がついた
万華鏡を そっと 覗いた
万華鏡を そっと覗いた
何が見えましたか 男が微笑んだところで 目が醒めた
仕方がないので
壊れたりしないように またポケットにしのばせよう
だけれど
万華鏡なんて 何処にもないのだ
2002.7.19.